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 一昨夜は、小生が代表取締役をつとめる 盛華通商株式会社 恒例の重役会議。 代ゼミを万一クビになった時の保険として15年前に嫁さんがつくった会社 〈本社は当時、うちの二階〉も、今では、社員約30人(含パート)、年間売り上げ約20億の会社にまで成長した(と、たいして何にもやってないのに、社屋を仰いで感慨にふける小生)。

 会社の成長にわずかしか貢献していない小生だが、それでも日中間ビジネスに携わって15年、中国とかかわって約30年が過ぎた。
かつては、〈現在国内線専用となっている〉上海虹橋(ホンチャオ)空港に着いても、友人の出迎えは当時唯一の交通手段であった「路線バス」。
ゲートを出た後、重いトランクケースをごろごろ押して(この「動くスーツケース」がよほど珍しかったらしく、いつも見物人が五,六人ついてまわったっけ)、砂埃舞う中、数百メートル離れたバス停まで歩いていったものである。

  それが、いつの間にか友人は「タクシー」を使うようになり、その「タクシー」は、あっという間に「メーター付き」になり、やがて、ドアが開いた直後にテープが流れ、きれいな(あくまでも想像だが…)女性の声で、「謝謝、乗坐…(ご乗車ありがとうございます…)」などというようになった。そして、数年前からは、何と「マイカー」で迎えに来てくれる友人まであらわれるようになった。

 さて、ここからが、本日の本題である。中国に友人をお持ちの読者の方々は、これまでに「マイカー」での出迎えを受けたことがあるかもしれない。
ところが、ここで注意してほしいのは、彼らのいうところの「マイカー」とは、彼、もしくは、その友人が職場から拝借してきた車、厳密には「 自分のものでもなんでもない車 」であることが多いということである。
つまり、完璧な「公私混同 」ということ。

 だが、実際中国では、この「公私混同」にお世話になることが多い。
私の友人など、南京行きの列車の切符がとれなかった私のために、そのまた友人が勤め先の「上海市郵便局」から、購入したての郵便配達車をもってきてしまった。
日本と違って緑色、彼は、その「慣らし運転(中国語で「磨車」)だと称して、拝借してきたらしい。
そして、その友人の運転する車で、上海から南京まで「 高速道路のちゃりんこ (中国の高速道路名物)」を避けながらドライブを楽しんだことがある。

 なお、友人の(もしくは、そのまた友人の)職場の車だからといって、気にする必要はない。日本では、「 親しきなかにも礼儀あり 」ということわざがあるが、中国では、その逆、友人のくせに遠慮していたのでは、 相手は自分を軽んじているのではないかと思い、怒り出す。
従って、「明日、マイカーを出してあげよう」といったら、遠慮なく、その好意を受けいれること。 いや、受け入れるだけではなく、どこに行きたいかをはっきりと相手に伝えることが大切である。

 このように、中国の友人は、人からものを頼まれることに慣れている。ということは、裏返すと、 人にものを頼むことにも慣れている ということ。
実際、初対面でも、うまがあい、相手を認めて今後の末永いつきあいを考えている場合は、かなりのわがままをもいってしまう。

 たとえば、かつて「上海錦江飯店…田中角栄が宿泊した老舗ホテル」の賈社長が来日した際、横浜を離れる前日(すでにかなりうちとけていた)に「お子さんへのお土産」をお渡ししたところ、「今もらうと荷物になるから、五日後以降に着くよう航空便で送ってくれ」といわれてしまった。

 だが、相手がこんな風にわがままをいう場合、こっちが向こうに行っても、色々と面倒をみるつもりでいることが普通だ。
この賈社長であるが、去年上海で食事した折、翌日の四川行きを聞くと、私の目の前で手提電話(携帯電話)を取り出し、成都(四川省省都)の老舗ホテル「成都飯店」の社長に「自分の身内なので、くれぐれもよろしく」云々と電話をかけ、あれこれ手配をしてくれた。
実際、翌日「成都飯店」に着くと、何と宿泊費は「同行価(同業者価格)」の上に、ホテル内すべてのレストランで いくら食べても無料という、水戸黄門の印籠の如き「貴賓カード」までいただいてしまった。

 以上のお話から明らかなことは、中国人は交際において、 恩や義の貸し」と「借り とを常にワンセットで考えているということ、しかも、「貸し」を返すとき、彼らは時には公私を思いっきり混同し、十分に返してくれるということ、また、そのまた友人たちも、友人の「面子」をつぶすまいと、全面的な協力を惜しまないということである。

 最後に一言、大事なことを付け加えておこう。
十人の中国人とつきあうと、きっと一人くらい、「今度来るときにバイクを買ってきてくれ」とか「こんど行くときに新幹線を運転できるように手配してくれ」などと無茶な頼み事をする人があらわれるに違いない。
だが、その種の人は、頼むときに「だめもと」で頼んでいる場合が多いものだ。
そこで、あまり真剣に考えて悩まないことである。
だめならだめと、はっきり断ること。
むこうもだめならだめで、「はい、そうかい」でお終いなのが普通。

どうも、日本人は、「断り下手」というより、断ると自分が傷ついてしまうという変な性格 をもっているようなので、念のために。

 
  数日前のロイター電によると、「 スタートレック」の劇場版最新作が、2008年公開を目指して制作されることになったらしい。万歳。万歳。ファンはこの日をどれだけ待ち望んでいたことか。
小生、夜も眠れず、昼寝をしている毎日である。

  ここでスタートレックについてふれておこう。

●アメリカのテレビドラマシリーズ。1966〜2005にテレビシリーズ 5作、映画10作が、制作されている。
時代は作品ごとに違うが、22〜24世紀(地球人は宇宙艦隊を創設し、銀河系ほぼ
半分の領域に進出している)における、宇宙船による宇宙探査の様子を描いている。
 
  本格的な科学知識に基づいてつくられており、様々な異星人との遭遇や宇宙の未知の現象等が絡みあってストーリーが展開する。
アクションあり、サスペンスあり、人間ドラマありで、ファン層は中高年も多い。

( DVD も多数発売されているし、CSや深夜放送でも見ることが出来る)

  さて、このシリーズの熱心なファンのことを、「 トレッキー 」と呼ぶ(スタートレックが生活の一部にまでなり、宇宙艦隊の制服を着て生活しているほどの人は「 トレッカー 」と呼ぶ)が、小生、スタートレック・オフィシャルファンクラブの会員でもある筋金入りの「トレッキー」である。
ちなみに、あの ホーキング博士 も、自らの講演でスタートレックを引用したり、ゲストとして出演するほどのトレッキーである。

  スタートレックを初めて見たのは、小学生の頃、TOS(カーク艦長のオリジナルシリーズ)だったっけ。
それからしばらくきかなくなったと思ったら、1979年に突如1作目の劇場版。
テーマが哲学的すぎるという批判もあったけど、小生、大きな衝撃を受け、 8度も見てしまったよ 。
まだおぼえているのが、東京工大の大学院生二人と見に行った時、彼らが科学的な視点で、「荒唐無稽なスターウォーズなんか足下にも及ばない」といっていたこと(SW ファンの人たち、小生が言ったんじゃないよ)。
NASA の全面協力でつくられていたこともあるが、それよりも、スタトレ世界では、その宇宙観が人類の未来を見据えた確固たるものであることが、スターウォーズとの大きな違いであろう。

  さて、今度の劇場版は、あの1作目から数えて11作目。
監督は映画「ミッション・インポッシブル3」を手掛けたJ・J・エイブラムス氏。
脚本、制作にも携わるというが、きっと面白いものになるに違いない。

  ストーリーにはカーク提督とミスター・スポック(あの耳がとがったバルカン人)が最初に出会うシーンも含まれる予定だというが、あの二人、今ではかなりのお年なので、特殊メイクでも若返れない。当然若い俳優を使うのだろう。

  いやあ、それにしても TNG (スタートレック、ネクストジェネレーション、1987〜1994 )のピカード艦長役のパトリックステュアートが、「X-men 3」くらいのギャラを出さないとやらないとごねているときいていたので、気をもんでいたのだが、どうやら折衝がうまくいったらしい。いや、待てよ、出演するのかな。

  何はともあれ、よかった、よかった。第10作「スタートレック、ネメシス」から数えて 4年、いや、2008年だと、6年待たされることになるのだが、これで日々の生活のはげみができた(また、オーバーな!)。 北京オリンピックよりもずっと、ず〜っと楽しみだ 。

  ところで、スタートレックに欠かせないキャラといえば、好戦的なクリンゴン人である。 2218年から、キトマー協定で和解するまで一世紀近く争っていたため、スタートレックでは敵役のイメージが強い。
小生、実は昨年の夏に、 iPod のポッドキャッスティングステーション・クリンゴン語サイト(!)を利用して クリンゴン語の基本会話をマスターした
だが、クリンゴン語を語り合えるレベルのコアなファンはさすがに身近にいない。
スタトレに関しては、日々孤独なのである。もっとも、日本ではスタトレファン自体がマイナーな存在なので、仕方ないことだが。

  とにかく、


 スタートレックは不滅である。
 スタートレックに長寿と繁栄を!



  追記:「長寿と繁栄を」は、バルカン式の挨拶を日本語に訳したもの。
バルカン語では、「ティッチトゥー、アン、ティシバ」

 
  最近、適齢期を迎えた女性の教え子たちから、

  「先生の専門の中国って、女性が強い国なんでしょう?」とか

  「いい女ってなんでしょうか?」とか

  よく聞かれる。そこで小生。本日はこれら二つの質問に(若干強引だが)まとめて答えてみようと思う。

  さて、マスコミがかつて取りあげた「いい女」像として(今となっては、古くさいが)経済的に自立し、男性以上の仕事をこなしている女性というのがあった。
その関係か、日本がモデルとすべき「女性解放、 模範的いい女」国家として、「ほとんどの女性が社会的労働についている国−中国」がとりあげられ、賞賛されたりもしてきた。


  よくあったのが、「儒教イデオロギーのもと、何千年にもわたって人格を無視され、差別と忍従を強いられてきた中国女性も、 革命後は社会的に解放され、独立した人格を勝ち取っている 」といった感じであった。

  ところが、実際には彼女達は少ない収入を補うため「経済的に自立していた」だけであり、それ以上の社会的な変革は行われなかったのだよ。
その結果、今のように豊かになると、「女性は家庭に戻る」という現象が起こり、高所得者層の間では、「専業主婦」がブームなのだ。

  「奥さんは」との質問に「専業主婦です」と答える男性の表情の何と誇らしげな事。「うち、俺の稼ぎだけで十分やっていける金持ちだけんね」といった気持ちが明らかに見て取れる。
そう、今中国は、高所得者層から「男性中心社会」に戻りつつあるのかもしれないのだ(もっとも、相変わらず女性は強いけどねー路上のけんかでも、男を〈グー〉でなぐってるもん)。

 (男性の読者はとりあえずおいといて)女性諸君よ!「経済的に自立し、男性以上の仕事をこなしている女性」=「いい女」とする考えが、すでに日本ではもう古いとされ、かつて模範とされた中国でも否定されようとしている今、

  男性によりつくられた「自立の道」を歩くだけで満足してしまっては駄目である

  これからの時代の「いい女」は、仕事に生きるだけで精いっぱいではダメ、仕事以外にも自分の世界をもってほしい。
仕事と同じくらいに情熱を傾けられる趣味をもっていてほしい。

  男っていうのは、本来子供だ 。


  趣味をもっても、時として理性の歯止めがきかずに、(仕事を忘れ)単なる「ごくつぶし」や「おたく」になってしまうんだけど(含自分 ? 注参照)、女性は男性よりもバランス感覚にすぐれている。
また、現実的というか、よくいうとどんな場合もきちんと計算できる人が多い。
仕事以外の部分で「自分の世界」引いては、「 自分のライフワーク 」といったものをもった素晴らしい女性になってほしい。

 そう、できたら、 仕事以外の場において、何らかの形で新しい文化を創造してほしい (大きく出たぞ!)。
皆さんは、男性にはない才能や繊細さをもっている(?)。
それらを存分に発揮し、あの「平安の女房文学」にも匹敵する「平成の女性文化」を創造し、われわれ男性に新鮮な刺激をあたえてほしい、日本をアジアの輝ける文化国家にしてほしい。

  加油(ガンバレ!)二十一世紀のいい女達よ! (演説終わり)

 注:小生、熱烈なスタートレック(詳しくは後日)のファン、つまり 「トレッキー」である。家を建てるときに、自分の部屋を宇宙船エンタープライズ号は無理としても、ディファイアント号(小型宇宙艦)のブリッジのように作りたいと嫁さんにお願いし、0.5秒で却下された経験あり。

 
 本日は、雑誌の電話取材あり。今売り出し中のフリーランスライター「若林亜紀」さんによる「ゆとり教育の弊害」についての取材だ。正直に言おう。

 彼女は、


 実は小生の〈 まさかっ……… 〉、

 

 小生のかくれた〈 えっ! 〉




 自衛官仲間である。〈 なぬっ?! 〉





  「 あ、あんたが自衛隊? !」

 

 という諸君。何を隠そう、小生、 民間採用の予備自衛官なのだ 。3年前に国の制度が変わり、自衛隊経験者でなくとも、試験に受かれば、任官できるようになったため、試験を受けたところ、合格したというわけ。

 昨年までは、予備自「補」・技能職(医者や IT 技術者、英語・中国語などの語学エキスパートからなる)として任官し、今年の春の訓練で、「補」がとれて、正式の「予備自衛官」になった次第。

 ちなみに、ことわっておくが、小生、

 

 決して右翼でも、軍事マニアでも、コンバットゲームマニアでも、コスプレファンでも、何でもない 。

 

 どちらかというと、中道で、穏健派である(かな?)。

 

 仕事も順調、子供も手がかからなくなった、四十代半ば過ぎ、幸せの中に曖昧模糊とした空疎さを感じ(いかにも、国語の先生的表現だね)、こ れからの人生、仕事以外で何か打込めるものはないか と考えこむ小生がいた。
社会のために役立ち、かつ、困っている人を助け、喜びを感じられる活動がないものか(善人ぶっているんじゃないよ)。
生きていることを確かに実感し、かつ、社会を守っているという誇りをいだける活動とは如何。

 そんなおり、ニュースで自衛隊の災害救助活動(新潟地震だったかな)を見て、国を守り社会に貢献していることをもっとも実感できる職場にいる彼らを「いいなあ」とちょっぴりうらやましく思っていたわけだ。

 が、ある日、自衛隊経験者以外からも予備自衛官を公募する「予備自衛官補」制度というものがあることを知った。
その日は、興奮のあまり、小生不覚にも久方ぶりで 鼻血 を出してしまった。
現在の仕事を続けられて、かつ、国や地域、国民のために役立つ活動ができる。
しかも、技能職(中国語)だと、そのうち自分の中国語も生かせる(加えて、 出世も早い ←ここが小生の俗人たる所以)というわけで、応募、受験、合格した次第である。

 いやあ、だけど二月の訓練は、志願した道とはいえ、この歳では、大変じゃった(しみじみモード)。

 半月の間、

 朝 6時に起床ラッパで起床、すぐ廊下に並んで点呼、

 その後、毛布4枚と布団をバームクーヘンのようにきれいに畳んで(畳み方に日本の様式美があるのだ)、続けて掃除(特に便所はきれいに)、

  終わると隊舎前に集合、食堂まで 縦列行進 、早飯( 8分くらいですます )の後、居室で作業服にビシッとアイロンかけ、

 8時から課業開始で、間稽古(つまり、補講)や夕食(早飯)や風呂( やはり、行進していく! )もいれ、

 終了は夜の 9時半、10時の点呼の後、10時半まで終了試験勉強、10時半消灯(だけれど、11時半まで消灯をのばしてもらったりして、試験勉強)

 という、きわめて健康な生活を送ったせいか、 5キロ痩せた 。
ダイエットにも実にいい。うん。

 敬礼も様になっている?!

 

 ところで、小生、訓練前は自衛官の人たちに警察官的なこわいイメージをもっていたんだが、 事実は 全く逆だった。そりゃあ訓練中は厳しいが、素顔はきわめて穏やかで、社会に通用するマナーを備えた、誠実な人たちだった。一匹狼的職業である予備校講師としては、組織として、人間教育の場として、学ぶものがホントに多かった。いい友達(戦友というのかな?)もできた(だけどメシは、あまりうまくなかった)。

 ちなみに、 射撃検定と体力検定は、並の成績だったけど、修了試験はバッチリで、 ちょっと自慢してしまうと、 「自衛隊の使命を自覚し終始訓練服務に精励し、その成績は極めて優秀で、他の模範である」(そのまま引用)ということで、訓練終了式典では、(えへん!) 第 117教育大隊長表彰を受けるという栄誉に輝いた小生であった 。

 最後の謝恩会、酒癖の悪い人も下ネタ好きの人もいたけど、みんな底抜けに明るくて楽しい人たちだったなあ。

 (自分-前列真ん中の左ベージュジャケットの眼鏡-の横に座っているのは、第一教育団長、つまり、世の中の自衛官を教育する立場の最高責任者。小生の横にしゃがんでいるのは、群馬県の大病院の院長で、小生の同期)

 げっ、いつの間にか若林亜紀さんの取材の話、すっかり忘れてた。というわけで、「ゆとり教育」の話は次の機会にゆずることにしよう。

 追記 :次の訓練は夏。ただし五日間だけ。 生きて帰ってくるぞ〜(そんなとこじゃないって!)。


 またまた、先日恐怖体験をした U 君がらみのお話である。というか、小生もしっかりからんでいるが。

 昨日、地下室で――ここで一言、我が家の地下には大きな書庫と資料整理のための会議机がある――U君と仕事をしていた時のこと。
奥の通路に資料を取りに行った彼が、悲鳴(というか、ピカチューみたいな声だったっけ)をあげた。

 急いでかけつけると、彼が指さす先に見たものは、棚から斜めにちょこんとお辞儀している(飛び出ている)一枚のDVDだった。

 「そんなもので悲鳴を?」という諸君。実は、奥の通路の突き当たりは、「怪奇・ホラーコーナー」であり(慣れていないと、微妙に怖い…)、そこから飛び出ているケースの写真がまた、都合の悪いことに、「実話怪談新耳袋」の「舌をべろ〜んと出した死霊(チキン系の人、見ただけで失神します)」だったのだ。

 「なぜ?」「恐らく無意識のうちに触れたのだ、うん」と、二人で強引なこじつけをした小一時間後、もう一度その通路に向かった彼が、今度は飛ぶように逃げ帰ってきた(恐らく、 100 m 9. 秒 6 くらいは出てたと思う)。

 そう、また、同じDVDがお辞儀していたのだ。
そのまた一時間後(すでに夜 10 時)、今度は、ローテからそろそろ小生だね。

 お約束通りその小生が驚く番だった。

 同じDVDがまた、お辞儀、し、て、る、、、。

 とりあえず、二階の書斎に緊急避難。ゴルゴ 13 的「……」。
このままではくやしい。「お前は霊( ?! )とまで張り合うのか!」といわれたら、返答に困るのだが。

 とにかく、このままで済ますのはくやしい
小学校時代は、近所の悪ガキとともに「少年探偵団」をつくっていたこの小生だ。
異変覚悟、腰を抜かすこと(中国語で、「腰節骨軟」)覚悟で、夜中に実地検分してみた。
 すなわち、一番奥の通路をずっと見張って確かめてみたのだ。
子供 3 人と嫁さんは二階ですでに睡眠中。
泊まっていけと勧めたU君は知らぬ間に逃亡。しんとした地下室には自分一人。

 通路の入り口に置いた椅子に座って本(たしか、藤沢周平だったか、そんなことこの際どうでもいいか)を読んでいると、突然、小さく「どん」という音、なんなんだ、死霊の顔のDVDはさすがにこわいからとってある。

 何も出てこん。
DVDの棚に近づいてみよう。ここで、棚の中から手でも出てきたら、読者には面白い展開、小生には「失神→入院」という最悪の展開になるのだが、このブログを書いているということは、そう、皆の期待通り(そんなに失神させたいか!)の展開ではなかったのだよ、明智君。

 実は、問題のDVDが置かれた位置は、壁埋め込み型の大型除湿器の斜めに向いた吹き出し口の目標点であり、他のDVDでも、まれにすごい勢いで空気が吹き出すと動くというからくりだったのだ。

 DVDの方もケース表面のビニール加工が他に比べてつるつるしており、ちょうど立てたケースの下の方に風があたると、斜めにこんにちはをして、あの不気味な顔をのぞかせたわけである。

 も〜、人騒がせな!(さとう珠緒風にプンプン)。

 DVDがゆるく立っていると、風のあたる位置の1、2枚が奥へと下がっていくだけなのに、夕方本の移動をして、DVDを十枚ほどきつめに立てたため、あの異変が起こり、「恐怖→避難」という展開になったのだ。
以前は、DVDをゆるめに立てていたので、ただ風があたる位置のDVDが若干バックするだけで、小生も全く気がつかなかったというだけのこと。

 怪談はつきつめて考えると、大方はこのようなものが多いのではなかろうか。ただ皆恐怖にとらわれて現場検証をやらないだけなのかも。
そして、新たな実話怪談ができあがるという展開。

 というわけで、もちろん今日の深夜も一人地下で仕事するつもり。

 もっとも、例のDVDの位置には、柳家小さん、古今亭志ん生の落語DVDと藤山寛美の松竹新喜劇のDVDをしっかり立てて、寒川神社と鶴ヶ岡八幡のお守りを置いているがね。



 追記:実地検証をしても、 4 月5日の電車の変事は説明がつきません。誰かわけを教えて!


 小生の信頼する秘書に U 君という男がいる。どちらかというと、論理的に物事を分析するインテリ(大学講師)である。一昨日、その彼が仕事の後にふともらした。「先生、どうも納得いかないことがあったんです。」

  先日小田急線でのこと。彼はドアに向かって立っていた。
玉川学園駅を過ぎたところにトンネルがある。はいったところで気がつくと自分の前に男が立っていたそうである。

 トンネル内の闇をバックにドアに写った自分の前に、ドアを背にして男が立っていた。黒っぽいスーツ姿だ。だが、待てよ。

 自分の前にいるはずなのに、どうして自分とドアの間には誰もいないんだ。

 霊的なものに懐疑的な彼は、当時光の反射の関係で別の人が写り込んだのだろうと考えた。奇妙なこともあるもんだと、周りを見渡す。すると、自分が見た黒っぽいスーツ姿の男はおろか、スーツ姿の男性など一人もいなかったそうである。

 えっ、もう一度ドアを見ようとしたところで、電車はトンネルを出てしまい、確認することはできなくなった。だが、どうしても納得いかない。

 そこで、もう一度確認したい、ついては先生にも立ち会ってほしいということだった。
その手のことを信じない割に「新耳袋」や「稲川淳二の超こわい話」といった実話怪談が大好きな小生である。

 すぐに誘いに応じた。

 結論を言うと、決してドアの前にいる人以外の姿が、ドアに写り込むことなどないということだ。
U 君が今気になっているのは、自分とドアの間に立っていた男の後ろ姿がドアに写っていたこと。つまり、男はU君に向き合っていたわけである。それから、その男の頭がU君の右肩近くにあったことである。

 先生、ここ二三日心なしか右肩が重いんですと彼は言った。

 追記:結局、彼は寒川神社に御祓いに行き、右肩の異変は治ったそうである。
交通安全だけかと思ったら、意外とあそこも力があるようだ。


 今日は エイプリルフール (中国語で愚人節)だ、ということは、電話に警戒を怠ってはならない。

 というのも、自慢じゃないが、これまでに小生の悪友たちによる〈いたずら電話〉に散々だまされてきたからなのだ。

 「内閣調査室ですが、日中関係改善のため、特別外交官に任命します」だとか

 時には数人がかりで、秘書役が出た後に「私は、胡錦涛の息子ですが、北京オリンピックの招待状を送りました」(当然中国の友人が、中国語で)とやられ、まんまとだまされたこともある(あいつら、振り込め詐欺なみに手が込んでいる)。


 小生の周りには、こういった連中が、手ぐすね引いて待ちかまえているわけである。いやはや。

 などと考えていたら、電話がかかってくる。子供が、出版社からだという。原稿の依頼か。 出てみる。

 すると、「○○ジャーナル」ですが、是非インタビューにうかがいたいとのこと。声の感じからして、どうやら悪友たちではなさそうだ。詳細をきくと、「石橋正次」さんが人生についてインタビューにやってくるというではないか。

 石橋正次といえば、若い人たちは知らないかもしれないが、かつて昭和40年代に「正義派」桜木健一と人気を二分した、あの「不良役」石橋正次だ。「夜明けの停車場」で紅白にも出たあの「大青春スター」石橋正次だ(ここで、嬉しさのあまり、4センチくらい飛び上がる自分)。

 豆知識 ? 上の二人、実は、出身は同じ大阪、生まれは同じ昭和23年、身長・体重もだいたい同じ。そういえば、どっちもウルトラマンシリーズに出てたっけ。

 だが、待てよ。この編集者、いままでうちに電話をかけてきた人たちと比べると、編集者独特の職業臭がないというか、何となくあやしい。うん、臭う。

 あやしいセールスマン(笑うセールスマンではない)のような、なんかいかがわしい。こっちはエイプリルフールということで敏感になっているため、それが分かる。この兄ちゃん、小生を(嫁さんのやっている)盛華通商の社長、社長と呼び、どうやら、代ゼミの先生だということも知らないみたいだし。

 もしかすると、ははあ、中小企業の経営者の虚栄心をくすぐり、雑誌に載せてやるからと、法外な取材協力費でもふんだくるつもりでは。よしよし、面白くなってきた(ここで、悪魔の典男が、ネタになるぞ、深入りせよとささやく

 手始めに、相手のつぼをついてみるか。

 「そのインタビュー、やはりかつての大スター相手なんで、こっちがお金を出してでもインタビューされたいという方もたくさんおられるでしょう」。

 「そっ、そうなんですよ。何と言っても天下の石橋正次さんが会いに来てくれるんです。せめてお車代なりともいただきたい。大阪からお越しになるんですから」。


  ん?、石橋正次は、出
身は大阪でも確か今住んでいるのは、目黒区下目黒のはず(知っているおまえは何なんだといわないでほしい)。しかも、そのお車代、○○万円だと。

 こんな時は、乗り気なふりをして、最後にリーサルウエポン、「 嫁さん 」に電話を回すに限る。とにかく、いままでの人生で、 けんか ( 含なぐりあい ) に負けたことのない人 なのだ。

 というわけで、二十分間、石橋正次さんと会える喜びを一方的に語った後、会社にいる嫁さんに回す。後で聴くと、案の定、兄ちゃんは嫁さんに詐欺師よばわりされ(というか、ある種、詐欺だが)、切れたところで、嫁さんが兄ちゃんの数万倍切れ、見事玉砕したらしい。

 いやあ、悪者退治の楽しい一日であった。重畳、重畳(意味、分かるかな)。それにしても、石橋正次さん、今こんなことやってんのか。ちょっと複雑な心境になった一日でもあった。

 

 
   
   
 
 
   
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