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 先日久しぶりに映画館で中国語同時通訳を行う。といっても、中国からの友人の耳元で日本語を中国語になおしてこそこそしゃべっていただけだが。

 実は、先週から日本に滞在している中国の友人が、ほとんど聞き取れないくせにどうしても日本語の(しかも、中国では上映の可能性が極めて低い)映画を見たいと言い出したためなのだ。彼としては、どうせお前が横で同時通訳すればいいじゃないかということなのだろうが。いやはや、ホントに中国人の友人は人使いが荒い、というか、遠慮がない。もっとも、言い換えるとこっちも遠慮なく何を頼んでもよいということなのだが。そう、中国人の友人ができたら、負んぶに抱っこで、思い切り甘えてほしい。「親しき仲にも礼儀あり」なんて言おうものなら、きっと彼らは怒り出すはずだ。中国人とのつきあいは、一言で言うと、ずばり、暑苦しい。「粘着質のラテン系」、それが中国人なのだ。

 閑話休題、言帰正伝。映画館の同時通訳は、確かに友達相手なので、適当に手を抜くことができたが、それでもへとへとになってしまった。一時間くらいたったところで、急にパワー切れ、すごく長い台詞も適当に二言三言でごまかしていたら、さすがにばれてしまった。そりゃそうだ、登場人物がしばらくしゃべっていたのに、中国語が「謝謝(ありがとう)」の一言だったりするんだから。

 今回見たのは、藤原竜也主演の「デスノート」である。そう、原作は、少年ジャンプ連載の人気漫画だ。実は、この「デスノート」、台湾中国でも隠れた人気をほこっている。確か何年か前、中国で「デスノート」遊びなるものがはやり、政府によってグッズも含めて発禁処分となったと聞いた。そこで、この作品が中国で上映されることはまずないという判断の下、バルトの楽園でもなく、不撓不屈でもなく、デスノートを選んだわけだ。なお、同じ中国語圏でも、台湾は自由主義の国であるからして、日本と同じで、特別な制限はない。たとえば、「デスノート」を載せる週刊宝島少年(「東立出版社有限公司」少年ジャンプの中国語バージョン)は、全家便利商店(ファミリーマート)をはじめとして、台湾のあらゆるコンビニにおいてあるし、単行本もよく売れている。 

 ここで一言、実は、時効であろうからいうが、小生かつて「アラレちゃん」など、日本漫画の海賊版の翻訳をやっていたことがある。生活のためとはいえ、知的財産権侵害の堂々たる犯罪行為である。こんなこと同僚の前ではいえない(このブログを読んだ皆も言わないでね)。というのも、 代ゼミには 、さいとうたかを 「 ゴルゴ 13 」 の原作者をはじめとして、いくつかの漫画の原作者 (本人の希望により匿名) がいるのだ(やはりすごい人材が集まっている職場だとつくづく思う)。ちなみに、先ほどの「宝島少年」は、中国の街角で見かける海賊版とは違い、きちんと集英社から版権を買って発行している正式版である。

 さて、小生、今回の同時通訳をはじめとして、自宅で嫁さんと話していても、ときどき感じる「翻訳上のいくつかのポイント」について、お話ししたいのだが、数日前から、風邪気味でかなり苦しいので、次回五日後のブログでまた語ることにして、今日はこのへんで。再見!

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 今回は、前回6月15日に紹介した「紅楼夢」についての面白ポイントを紹介した「紅楼夢なぜなにベスト百科」の巻である。ただし、6月15日のブログをよく読んでいないと、話が分からないので、読んでなかった人は、是非先に読んでおいてほしい。

――紅楼夢なぜなにベスト百科――

 質問者は、中国語中国文学科在籍(4年生)の小生の教え子二人。彼らには、日本語版の紅楼夢を読んでもらった。

 1

問▲彼らの年齢設定は、まだローティーンですよね。なぜあんなにませてるんですか。

∇確かに、現代的な感覚だと、宝玉達は、中学生だね。だが、人生四十年か五十年の短命時代だ。十歳くらいプラスして、二十代ぐらいに考えた方が、皆さんの感覚に近くなるんじゃなかろうか。日本の青春小説の主人公達と同じように考えない方がいいじゃないかな。

 2

問▲宝玉は、なんであんなにおやじさんをこわがっているのですか。

∇確かに宝玉は、恐ろしい父親のお呼びと聞くと、まるで雷にでも打たれたようにしゅんとなり、顔色を変えておばあちゃんの手に取りすがると、ねじり飴のように身をくねらせて逃げ回り、死んでも行こうとしないといった有り様だよね。というのも、子供のしつけや学習に人権の入る余地はなかったんだ。あったのは、親への絶対的服従だけの時代、おやじさんの権威は絶対だったのだよ。今でも、中国のお父さんは、日本のお父さんに比べると、はるかに威厳を保ってるよ(うらやましい!)。

 3

問▲〈紅楼夢〉は、「ぜいたくの百科全書」とどこかで読みましたが…。

∇その通り、〈紅楼夢〉には、中国の大貴族である賈家の途方もないぜいたくぶりが、繰り返し紹介されている。すなわち、主人公が住むことになる大邸宅「大観園」の豪華な建物や庭園、室内の粋をこらした調度、登場人物たちの華麗な衣装や装身具、彼らが日常口にする豪勢な料理など、衣食住の全てのぜいたくが、それこそ微に入り細にわたって描かれているんだ。

 たとえば、第六回で、劉という田舎のばあさんがひょんなことから賈家を訪れ、そのぜいたくぶりにカルチャーショックを受けるシーンでは、何が出てきたっけ。そう、何と「西洋式の柱時計」だったよね。このばあさん、奥に置かれた柱時計を見て、「うう〜ん、これはなんというおもちゃじゃ、なんの役に立つものかいな」と驚くよね(ブログ読者の皆さん、「紅楼夢」を買ったら、是非第六回をじっくり読んで!大笑いのシーン)。

 確かに、〈紅楼夢〉を読むことによって当時の贅沢を体系的に知ることができる。もっとも、作者のおいたちを考えると、当時の腐敗した現実をきびしく告白しようという意図もあったと思われるが。

 4

問▲中国には、昔から〈紅楼夢〉の熱烈なファンがいると聞いたのですが。

▽中国では、寝食を忘れて紅楼夢に打ち込む熱狂的な読者のことを「紅迷」といった。黛玉にあこがれるあまり、彼女のように胸の病になることを願ったり、読みふけったあげくに、精神的に衰弱して死んでしまったりと、読者がどれほど「紅楼夢」に魅了されたかという話が大量に伝わっている。これほど社会に影響を与えた小説だから、続編も大量に、何と三十種以上も作られているんだ(当然、その中には宝玉と黛玉が結ばれるハッピーエンドもあるので、ご安心を)。

 さらには、中国のインテリは、紅楼夢の内容をめぐって、しばしば論争を展開している。インテリも、それだけ本気で作品の世界に入り込んでいたということだろう(紅楼夢研究は一つの学問ジャンルであり、「紅学」という)。

 なお、たとい「紅迷」でなくとも、「紅楼夢」は、中国のインテリにとっての〈文学的素養のバイブル〉といって差し支えない。「登場人物の誰が好きか」とか、「だれだれのモデルは誰だ」とか、「林黛玉の葬花の詞(林黛玉が、ある日、花を葬る時に歌います)」だけで、話が何時間でもはずむこと請け合いだ。

 日本では、「紅楼夢」を、貴族世界のリアルな描写や主人公と女性達との華麗な恋愛などの共通点から、「中国の源氏物語」と呼ぶ人がいるが、源氏物語を話題にする日本人と紅楼夢を話題にする中国人との違いは、彼らのほとんどは、きちんと作品を〈読了〉しているということかな。

 5

問▲石がどうのこうのといった第一回(第一章)は、なんですか?

▽水滸伝でも西遊記でも第一章は、かれこれの因縁によって登場人物はこのような運命をたどるといった内容になっている。この「縁起」的なものを作品の最初の部分において、読者に一種の暗示を与えているわけだ。この紅楼夢も、草と木が自分を助けた僧侶と道士に報恩する運命悲劇であるといっている。だけど、小生、大変ならば読み飛ばしてもいいんじゃないかと思うが。

 6

問▲「水滸伝」と同じように、漢文(中国古典語)で書かれていないのですか(受験生の読者諸君、ちょっと専門的でごめん)。

▽会話文は、純粋の北京語(口語)だが、地の文は対照的に文語調(漢文調)。したがって、原書は、水滸伝のように中国語学習者(もしくは、中国人が)気軽にというわけにはいかないかな。

――紅楼夢の旅――

  紅楼夢の中にでてくる貴族の生活を確かめたい皆さん。北京や上海の郊外に、「大観園」という名のミニテーマパークがあることを教えておこう。これこそ紅楼夢の世界をこの世に体現した、宝玉の生活を追体験できるミラクルランドなのだ。

 だが、本物をみたい皆さんは、是非、北京の「恭親王府(コンチンワンフ)」へいってみてほしい。曹雪斤が、大観園のモデルにしたに違いないといわれる、清代皇族の大邸宅&大庭園を整備したものなのだ。入り口には、ガイドもひかえているし(僕が雇ったのは北京語のガイドだったが、当然日本語ガイドもいるはず)、途中にある小劇場では、中国茶を飲み、点心をつまみながら、中国の民間芸能を堪能することができるぞ。


 はじめにーうっかりアップが遅れてすみません。

 このサイトは、ブログサイトであって、単なるブログサイトではない。小生の目標とする姿は、小生の日常を綴るサイトではなく、メッセージを発信するサイトである。すなわち、単に「自分の内面を見てくれ」ではなく、一つのテーマにしたがって、「自分はこう考える」と、自分のビジョンを語るものである。   

 もっとも、現在、まだその理想型となっていないことは否めない事実であるが、それでも、小生には、読者の皆さんが読み応えのあるものを書くという義務がある。今回は、多くの読者の皆さん、つまり、代ゼミで顔を合わせる教え子たちや友人たちのリクエストにこたえ、久しぶりに(小生十八番の中国文学から)大恋愛小説「紅楼夢」をとりあげてみることにした。

 ――紅楼夢とは?――

 ●恋愛小説の最高傑作!

 「紅楼夢」は、清の雍正年間(十八世紀)に書かれた長篇小説である。主人公の貴公子と二人の女性との情愛を、清朝大貴族の華麗な生活と様々な登場人物の中で見事に描いており、中国古典恋愛小説の最高傑作といわれている。実際、現在でも、多くの人々を心を 虜 ( とりこ ) 虜にしており、この「紅楼夢」に太刀打ちできるほどの完成度の高さをもった恋愛小説は、その後中国にあらわれていないといっても、過言ではない。

 なお、作者の曹雪斤( 曹霑 ( そうてん ) 曹霑)という人の家庭は、本来大貴族の家柄で、お父さんの代まで身分の高いお役人だった。だが、彼が若い頃、皇帝が代替わりするとともに、家産を没収されて没落し、その後彼は、北京の片隅でひどい貧乏をしながら、この書を執筆したといわれている。恐らく、彼は、かつて〈何一つ不自由なく暮らしていたときに見聞きした世界〉を描くことによって、せめて小説の中で〈楽しかった過去の生活〉を実現しようと思っていたのあろう(実際、多くの人が、主人公の貴公子に作者の青春像の投影を認めている)。

 皆さんも是非〈紅楼夢〉で、「情」の世界を堪能し、当時の大貴族の日常をバーチャル体験してみてほしい(岩波文庫や平凡社ライブラリーに訳本あり)。

 ●とにかく長い!でも読み終わりたい!

 この書は、全百二十回(回とは、「章」にあたる、実際に曹雪斤が書いたのは、八十回まで)と長く、しかも複雑な筋立てである。

 ストーリーの中心となる十八回〜八十回は、主人公の〈賈宝玉〉が、十三歳から十五歳までのわずか三年間のことを描いたものだが、登場人物は無数、その関係は、化学式のように複雑だ(小生も、学生時代にはじめて読んだときには、人物相関図を作成しながら読んだ)。しかも、その人間関係が、様々な伏線となりながら物語が進行していくため、いいかげんにはできない。もっとも、賈宝玉をはじめとする中心人物は、必ずどの回にも登場するため、いつの間にか覚えてしまえるし、また、苦労してでも一気に(徹夜しても)読み終わりたい、そんな魅力にあふれる小説である。小生も、がんばってざっとその荒筋をお話しすることにしよう。

――長〜いお話を手短に話すと――

 ●絢爛豪華な世界へようこそ!

 清代(恐らく…)の金陵(=今の江蘇省南京市)に、〈賈氏〉という貴族の大邸宅(栄国公府)がありました。先祖は開国の功臣で、 絢爛 ( けんらん ) 絢爛豪華な暮らしをしています。主人は、〈賈政〉、その息子が、眉目秀麗の美少年、主人公の〈賈宝玉〉です。宝玉なんて、変わった名前でしょう。実は、口の中に宝石を含んで生まれてきたことからつけられた名なのです。

一言―この宝石、なくてはならないもので、なくなると、彼はカラータイマーの消えたウルトラマンのように「ふにゃっ」となってしまいます。

 ●賈宝玉は、色好み?フェミニスト?

 栄国公府には、親戚一同が大家族で住んでいます。当然、その中心にいるのは、〈宝玉〉。また、常に宝玉の身近にいるのが、彼の従妹の〈 林黛玉 ( りんたいぎょく ) 林黛玉〉〈 薛宝釵 ( せつほうさ ) 薛宝釵〉という、二人の少女(この二人がヒロイン)です。この二人は対照的な性格で、黛玉は、か弱く神経質で人見知りするタイプ、一方、宝釵は、元気で明るく誰とでもうち解けるタイプ。宝玉をとりまく女性は、そのほかにも、腰元たちなど十二人(金陵十二釵)います。宝玉は、一日中彼女たちと遊び戯れています。

 一言―女の子たちにかこまれて生活している宝玉は、(男尊女卑の当時では極めて珍しい)フェミニスト。そんな彼の名ぜりふが、「女の子の体は水でできている。男の体は泥でできている。ぼくは女の子を見ると、さわやかな気持ちになるが、男を見ると、臭くてたまんなくなるんだ」です。だからこそ、厳しい道徳家の先生方は、「なんて軟弱な奴だ」と、彼を批判したがるわけです。もっとも、悪と闘う英雄や人類愛をとなえる聖人も確かに大切ですが、時には、このような〈世俗のものさしではかれない〉、〈純粋な心性をもったお坊ちゃん〉に親しむことも、人間、時には必要ではないでしょうか。

 さて、栄国公府の当主であり、宝玉のお父さんである〈賈政〉は、厳しくて頭の堅いお役人。彼は、賈家の跡取り息子の宝玉が科挙(=高級官吏採用試験)に合格することをひたすら願うお父さんです。ですが、宝玉は、(作者にいわせると)「世の中でこんなに無能で不肖なやつは二人といない」息子なわけです(トホホ…)。

 一言―かつての中国は、大貴族でも、原則として一代限り。子孫が科挙に合格して、官僚になることができなければ、次第に没落してゆくよりほかはありませんでした。科挙受験生の賈宝玉は、一家の将来がかかった受験生だったわけです。

 ●軟派に見えて、純愛!

 主人公の宝玉と従妹の黛玉、宝釵の三人は、〈耳と 鬢 ( びん ) 鬢の毛が触れあうほどの親密さ〉で育ち、非常に仲がよいのですが、宝玉としては黛玉の方が好きであり、二人の間には物心がついてから、知らず知らずのうちに恋が芽生えていきます。このあたり、二人の親密な交際のようすが描かれていますが、黛玉と親密に過ごす宝玉の自由奔放なふるまいは、実に画期的です。

 かつて「男女七歳にして席を同じうせず」の中国では、実の姉、妹と同室になることさえも禁じられていました。ですが、宝玉は、黛玉と身を寄せ合ってひそひそ話をするだけならまだしも、熟睡中の彼女の部屋にはいると、同じベッドで横になりながら(!)、よもやま話をします。これだけでも、当時の封建的礼教社会においては、異常なのに、それだけじゃありません。ときには、くすぐりごっこまでしちゃいます。ですが、それ以上のことは、決してやりません。すなわち、宝玉は単なる「色好み」ではないわけで、彼らの交際は、〈限りなく純潔〉で〈下心ゼロ〉の〈清らかな〉交際なのです。

 一言―なぜ、宝玉が宝釵よりも黛玉の方が好きだったか。これ、読んでいくとよく分かります。宝釵は、少女にしては、妙に世故に長け、老成しているのです。だから、まわりの大人に受けがよいでしょう。

 それはそうと、ここで疑問が生じませんか。先ほど紹介した、あの堅物のお父さん〈賈政〉が、よくだまっているなあと。実は、当時賈家を支配していた「最高権力者」は、お父さんの賈政ではなく、賈政のお母さんであるご隠居の〈史太君〉であり、このおばあちゃんが、宝玉を甘やかし放題。〈女の子から遠ざけると、こころに異常をきたす〉という理由で(どんな奴だ!)、未婚の男女の接触を禁止する儒教の教えにそむいてまで、黛玉や宝釵との自由交際を認め、宝玉のお父さんである賈政には、文句一つ言わせなかったのです。かつての中国では、儒教の「孝」の教えのもと、子供は何歳になっても、親に絶対服従です。もしも、親の考えに背こうものなら、恐らく、世間からは総スカン、役人としても、出世の道をとざされたはずです。賈政は、おばあちゃんに従うしか、仕方なかったわけです。

 

 ●愛するおもいは、目と行動で!

 宝玉と黛玉はもともと気心の知れた仲良しです。したがって、以心伝心で心が通じ合っているとはいうものの、相手への深い思いをなかなかストレートに言葉に出しません。あれほどいちゃついているように見えて、愛の告白は、あくまでも婉曲で曖昧な表現、誠意ある行動ですまそうとするのです。皆さんが、現代的な感覚で読むと、いらいらするかもしれませんが、男がそれとなく胸の内を示し、それを聞いた女が、思わず頬から耳元まで紅く染める。こういった上品な恋の表現もなかなかおつなものではないでしょうか。

 一言―いったい、中国の恋愛小説では、男女の出会いの時には、下女が間をとりもったり、詩文のやりとりをしたりなど、手順が大変であるくせに、二回目の対面では、ほぼ例外なく「性交渉」と、今の若者から見ても、かなり飛んだ交際ぶりです。ところが、宝玉たちの交際は、その基本的なパターンとまっこうから対立するものです。男と女の話は数限りありますが、このような   純潔な恋はなかなかないといってもいいでしょう。

 ●さあ、ハンカチを用意して!

 さて、皇帝の貴妃になっていた宝玉の姉〈元春〉のお里帰りを記念し、「大観園」という素晴らしい庭園&邸宅が造られます。ですが、これでまず身代にひびが入り、家運は、日一日と傾いていきます。そんな中、お父さんの賈政が、地方に転勤となります。おばあちゃん(史太君)や母親(王夫人)は、その出発前に、宝玉が黛玉を愛していると知りながらも、彼を宝釵(=おばあちゃんのお気に入り)と結婚させることにし、一計を案じます。すなわち、宝玉に、黛玉と結婚することができると思いこませ、宝釵と結婚させるのです。どうしてこんなことが可能かというと、かつての中国では、結婚式当日まで相手は顔を隠しており、誰だかわからなかったからなのです。相手が黛玉であると信じて疑わない宝玉は、結局宝釵と結婚しました。一方、恋に破れて絶望した黛玉は、早くから胸を病んでいたこともあり、宝釵と宝玉との婚礼の宵に、十七才で息をひきとります。ここを読むときには、絶対にハンカチが必要です。

 一言―恋が結婚にいきつかない悲劇は、中国の恋愛小説に出てくるパターンの一つには違いありませんが、おおかたの恋愛小説のパターンは、最初に出会って「一見鐘情(一目惚れ)」した男女が、様々な困難を克服して、最後はめでたく結ばれるというものです。ですが、「紅楼夢」では、このパターンから逸脱し、思い合っている賈宝玉と林黛玉は、結ばれずに終わってしまうのです。恐らく、ここで、「けしからん」と思う読者もいたでしょうが、多くの読者は涙ポタポタで、本もびしょびしょだったことと思います(小生なんか、このシーンを思い出すだけで、泣けてきますから…)。

 ●ご都合主義のハッピーエンドと思いきや…

 宝玉の結婚後、家運は、だんだん傾き、全く零落します(このあたり、賈家の没落にいたる歴史を描いているといってもよいでしょう)。そんな中、宝玉は、行いを改め、父の命にしたがって学問にはげみ、科挙(高級官吏採用試験)を受け、大変優秀な成績で及第します。また、妻の宝釵も妊娠し、再び賈家には春が訪れた感があります。このあたり、中国の小説によくある、ご都合主義ですが、ハッピーエンドと思いきや、ここからが、ほかの小説と全く違った展開になっています。

 宝玉は、役人になっても、(自分の性格から)じき「家」に押しつぶされてしまうと知っていたのでしょうか。それとも、すべて満たされたことへの反動から虚無的な感じに襲われたのでしょうか。突然、地位も富も家庭も捨てて、お坊さんの導きによって出家遁世してしまいます。そして、長いお話も幕を閉じてしまうのです。

 一言―お話は、お坊さんに連れられ真っ赤なマントを着た宝玉が、雪の中に消えていくシーンで終わります。いったい、中国文学は、「美よりも善を尊ぶ」といわれますが、この「紅楼夢」は「善よりも美を尊ぶ」んでいるようです。そのテーマは、〈美の追究〉であるといっても、過言ではありません。そして、美を追究した結果としての〈悲劇の連続〉。そこにも人気の秘密があったのではないでしょうか。

 次回は「西遊記」のときと同じく、「紅楼夢」なぜなにベスト百科、乞うご期待!




 今日は、水曜日に行われた「横浜文化芸能研究所(そう、上に見えるロゴ)」による学校落語公演(今回は、東京の攻玉社中高校)の様子をレポートする予定であった。ところが、とんだトラブルに見舞われてしまい、レポートできなくなってしまった。そこで、急遽予定を変更し、そのトラブル自体をレポートしたい。

 えへん、実は、小生病院から帰ってきたばかりの病み上がりである(いばることか!)。病み上がりだから、当然皆にいたわってほしい。このブログも過去にさかのぼってじっくり読んでほしいし、ついでに小生の本も買って欲しいし、代ゼミ生は夏期講習をとってほしい (関係ないか)。

 あれは、水曜日の早朝五時半、小生は腹部の激痛で目が覚めたのであった。「九州男児やけん!」と、しばらく我慢したものの、数分後にあっけなくギブアップ。ここで、 怒られるのを覚悟で嫁さんをたたき起こす 。さすがに嫁さんも小生の様子を見て、危険を察知したのか、緊急手配。 30 分後には横浜S会病院に搬送される。

 ER(緊急治療室)のお医者さんが診察を開始する。「腸がまったく蠕動していない、腹部が膨らんでいるぞ。つまってるな」などといった、声が聞こえる。そのうち、お医者さんが顔を近づけていうには、「宮下さんあなたのお腹について、大事なお話があります。奥さんにも聞いてもらいます」とのこと。

 ここで、頭の中に


 「 がーん!


 の効果音が聞こえる。次の台詞は当然「末期の○○です」のはずである。息子たちへの遺言作成を開始。「スタートレックのフィギュアはお棺につめるように。カセレスのギターは、(ずっと先のことだが)孫に使ってもらうように」といった指示が次から次へと浮かぶ。

 話帰正伝、お医者さんの言葉に戻ろう。「宮下さん。お腹開けますよ、いいですか。あなたの小腸、つまって機能を停止していますから」という言葉で、寿命がまた延びたことを知り、ほっと一息(できるはずないだろ!うんうん唸ってるままだもん)。とにかく、小生、七転八倒しており、返事もできようがないので、当然「手術了承」ということになる。ここで、嫁さんと殷さん(小生の友人、マックのドライブスルーをチャリンコで利用した男)ERに入場。小生のそばへ。嫁さんが耳元で、「子供産む方がずっと痛いよ。あんたの場合、腸をいったんとり出し、またアレンジし直して入れ直すだけじゃない」と、励ますつもりで、失神しそうなことを平気で言う(激痛のため、失神せずにすんだが、、)。

 とにかく、腸が捻転、閉塞しているに違いないので、このままでは、一部が破裂するか、腐るわけだ。手術しか選択肢はない らしい。身体に様々な管がささっていくのが分かる。次に検査が続く、血液検査、CTスキャン、レントゲン検査、看護師さんが横で励ます。検査の結果が出るまで、鎮静剤が使えないため(というより、鎮痛剤は内臓の動きを麻痺させるため、逆に危険)、小生、ずっと激痛に耐えているのだ。

 検査終了。とりあえず病室へ。前のベッドの主、94歳のおじいちゃんが小生を励ます声が聞こえる。お年寄りにいたわってもらったのは生まれて初めての経験。ベッドについても、ただのたうちまわるだけである。ここで大先生らしき人が来て手術の概要を説明し、他のお医者さんに超音波検査を命令する。お医者さんの世界は、どうやら漢文世界と同じで、完全な階級社会のように見える。

 超音波検査のお医者さんは、「痛いのにすいません」と、とても気の毒がっている。確かに固いセンサーを腹部に押しつけられるのは死ぬほどつらい。ナチスの拷問と思ってもらえばよい(といっても、誰も経験してるはずはないが)。「はーい、吸って、止めて」で、腹を強く押されるわけだが、そのうち、不思議なことに気がつく。押されている方が痛くないのだ。あれっ、お医者さんの質問に返事が出来るぞ。れれっ、どういうことだ。そのうち、検査は終了。病室に戻った直後から、みるみるうちに痛みが引き始める。えっ、治ったか。まさか。だけど、横にいる殷さんのギャグにもちゃんと笑えるぞ (病室でギャグを連発する彼も彼だが)。いや、「いつもは、さぶいのに今日は出来がいい」という意味の「今日は笑えるぞ」ではない。小生に笑うゆとりが生まれているということだ。

 と、グッドタイミングで大先生が、登場したため、「どうやら、超音波検査の先生にさわっていただいて、なおったみたいですけど」と、馬鹿にされるのを覚悟の上で言ってみる。返ってきたのは、「そう、彼は神の手ですからね」という、日本ハム新庄選手的なエイリアン回答であった。ここは、心霊治療医をおいてるのか?このアクション、気に入った、大好き横浜K病院!

 さて、念のために、数時間かけて全検査をもう一度やることになったわけだが、検査室にはいってきた小生を見て、検査技師の皆さん、目が点になっていたな。そりゃそうだ。ほんの数時間前にうんうんうなりながら、運ばれてきた重病人が、点滴と小水袋をぶらさげて、笑顔で歩いてくるんだもの。ちょっとひいていた。

 結局、検査の結果「完全に正常に戻っている」ことが分かる。大先生は、数日間の入院を勧めたが、木曜日中の退院を強く希望。結局、一週間は食事に気をつけ、安静にするという条件付きで、退院が認められ、このブログ記事を書いている次第である。

 かくして、二週間入院のはずが一泊二日で退院できてしまったわけだ。後日詳しくお話しするが、小生、高二の頃、山で崖から落ちたが無傷、大学二年の頃、日本アルプス剣岳で雪渓から滑り落ちたものの軽傷、 30 歳の時、中国山東省で食中毒にかかるも生還。 10 年前、車山高原スキー場で大事故に遭い、救急車で茅野市内の病院へ運ばれるも、翌日退院という、「不死身伝説」の男である。これでまた、「宮下不死身伝説」が一つ増えたわけだ。それにしても、きっと誰かが小生を守っているに違いない。それだけ、お前は長生きして世のため人のために尽くせということであろう。今以上に一所懸命に生きようと決意した小生であった。



 昨日のお昼過ぎ、小生の大親友ブラッドが、ぶらっと遊びに来てくれた(親父ギャグかよ)。彼は、本来小生の英語教師「ブラッド先生」である。某駅前留学大手英会話スクールの講師をかわきりに、実力派英会話スクールの講師を経験。現在では、日立や日産などの大企業で英語の講師を務めるかたわら、自分でも true blue という英会話学校を経営する、きわめて優秀なオーストラリア人の英語教師である。

 2年前に嫁さんが英語をやりたいということで、英会話スクールから、斡旋されて我が家にやってきたわけだが、嫁さんはたった2回でリタイヤ。契約が前払いだったため、お金がもったいないと、小生に「ブラッド先生」を押しつけてしまった。というわけで、当初は仕方なく始めたわけだが、それが、まさか生涯の大親友との出会いになるとは、夢にも思わなかった。

 いやあ、こんなにウマが合う人間が世の中にいるとは。人間、分かり合えたら国境なんて関係ないとはよくいうが、たった数回の授業ですっかり意気投合。いつの間にか教科書もなしで、政治、経済、文学、レジャー、人生観など、あらゆることについて語り合い、意見をぶつけあい、また、お互いを認め合い、助け合う親友になったという次第である。

 人というものは、最初に出会った人の印象がその人のお国の印象になることが往々にしてあるものだが、そういう意味では、小生、今ではすっかりオーストラリアファンである。したがって、ワールドカップ第一戦を見るのが実につらい(ここで一言、小生、これまでの人生で出会った千葉県人と静岡県人がなぜかいい人ばかりだったせいか、千葉県と静岡県の大ファンである)。

 話帰正伝、ブラッドは小生より 18 歳年下である。だが、オーストラリア人は成熟している。というより、日本人の方がいつまでたっても子供というべきか。とにかく、日本の 30 歳と比べると、ちゃんとした経験哲学を備えており、世の中を筋道立てて語ることが出来る。すなわち、彼の精神年齢は実際の年齢よりもずっと高いわけだ。一方小生はといえば、同窓会で必ず同級生に「お前はまだ青春してるなあ」と半ばあきれ顔で言われるくらいに「精神年齢」が年齢よりも若い。だからこそ、二人のバランスがとれているのであろう。

 小生、日本人であれば、外国の友人に日本の文化を紹介する義務を負うべきだとかたく信じ、行動で示してきた。忍者文化紹介のために赤坂のアミューズメントレストラン ninjya (忍者)に行ったし(あそこにいって、逆に「にんじゃ」を勘違いしたに違いない!)、原三渓が園内に日本国中の歴史的建築物を移築して完成させた「三渓園」内で、サムライ文化の紹介を兼ねて切腹のまねごともした(またまたなにかの勘違いが発生したはずだ!)。一緒に千葉県佐原の夏祭りに行って踊りも踊った(いいかげんにしろ!)。とにかくいろんなところに出かけ、日本紹介ツアーは現在進行形である。

 小生、ブラッドと会うまでは、オーストラリア人のイメージといえば、恥ずかしながら「クロコダイルダンディー」のポール・ホーガンであった。確かに、人なつっこくて陽気という点では同じだが、彼は、テンガロンハットをかぶっていないし、大型ナイフももっていない、ましてやワニとも格闘しない(第一、日本にいないって!)。正確な人間観察に基づいたフレンドリーさを備え、かつ、その生活スタイルはイギリス的な質実剛健さを保っている。見変けや雰囲気が同じでもアメリカ人とは全く別の人々なんだなあとつくづく思う。

特にびっくりしたのが、あるお寺の日本庭園を散策したときのことである。アメリカの友人を連れて行ったとき、「オー、グレイト」といった形容詞は何度もでてきたが、はたから見る限り、感動はそこまで。女子高生の「かわいい?!」と同じで、浅薄な感動といった感をぬぐえなかった。だが、ブラッドは、違った。きれいに掃いた庭に落ちている何枚かの葉っぱを見て、「清楚な庭を引き立てている」といいきったのだ。きれいに模様がついた庭に落ちた「いくひらの木の葉」に美を感じるとは、おぬし、で、できる。これって、「わび」「さび」の精神がわかるってことではなかろうか。

確かにブラッドは、他国の文化にも感動できるインテリであると信じる。だが、オーストラリア人の国民性として、他国の文化をも謙虚に認めるといったものがあるような気がする

 そういえば、京都に中国の友人たちを連れて行ったとき、二言目には「中国にはこれよりもっと古いお寺がたくさんある」といい、銀閣寺を見終わった感想は「 しょぼい 」の一言であった。諸君、世界遺産を「しょぼい」の一言で片付けたんだぞ!当然、気が短い小生は、「お前らの国の寺は、歴史は古くとも、所詮建物は明清代のもの。仏教の本質も、毛沢東時代の影響もあり、正しくは伝わってはいない。それに、よその国の文化を謙虚に鑑賞できないとは、『おらのまちが世界で一番いい』という田舎者と同じだ。田舎者は、田舎に帰れ」とどなりつけたのだが(日中外交と違い、向こうが土下座してあやまってくれた)。もう 30 年もつきあっている中国なのに、彼らの「中華思想」だけはどうもなじめない。やれやれ。

 というわけで、話がまたまたそれてしまったが、我が友ブラッドとの友情は今後も永遠に続くことであろう。



  佐原の夏祭りにて。右がブラッド(いわなくとも、分かるか!)



  赤坂のレストラン「 ninjya 」で、忍者に切られそうになるブラッド

ウェスタンハットテンガロンハット

 

 
   
   
 
 
   
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